「内モンゴルから見た中国現代史」出版記念・学術講演会 動画と書評のご紹介 | 一般社団法人 南モンゴル自由民主運動基金 Webサイト

「内モンゴルから見た中国現代史」出版記念・学術講演会 動画と書評のご紹介


ボヤント氏の「内モンゴルから見た中国現代史」出版記念・学術講演会が開催されました。当日の動画がYoutubeにアップロードされております。

 

また、評論家の宮崎正弘氏による同書の書評をご紹介いたします。

 


内モンゴルの東部(旧満州国の一部)で革命後、何が起きたのか

共産主義「革命」とは拷問、獄刑、財産没収、人民の奴隷化だった

ボヤント『内モンゴルから見た中国現代史――ホルチン左翼後旗の民族自決』(集広舎)

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まず副題にある、「後旗」というのは「県」のことである。

中国政府は(少数民族を含めての)「民族問題は解決した」と嘯いている。

55の少数民族と多数派である漢族との間には軋轢も心理的対立もないと嘯いている。

蒋介石独裁時代の台湾へ行って、40年以上も前のことだが、国民党関係者は「もう本省人と外省人との対立はありません。高い倫理に立って宥和したのです」と嘯いていたことを思い出した。

巷で耳にした話は日本軍が去って、ひどい「軍隊もどき」が大陸から逃げてきた、つまり「白いイヌが去って、黒いブタが来た」と比喩していた。

国民党は二二八事件で台湾人を大量に虐殺し、言論を封じ込め、日本語を使うことも禁止した。表だって国民党批判は出来なかったが、本省人同士があつまると外省人の悪口ばかりだった。

おおまかに言って中国の少数民族(この呼称も漢族主体の意識でよくないのだが)のなかでは、チベット族、ウィグル族、モンゴル族の三大民族が陰に陽に独立を主張している。

「独立」をいうことは言わないまでも、ほかに回族、満族、そしてチワン族がそれぞれ、寧夏回族自治区、中国東北部、広西チワン自治区に夥しく生息している。中国共産党は、これらを一括し「中華民族」と呼称し、みんな差別のない仲間、同胞だと明らかに嘘とわかる宣伝を大声でがなり続ける。

日本は満州国を建国し、清朝の後継者溥儀を皇帝に復辟させ、また河北省を基軸に察南自治政府を樹立させ、モンゴルには徳王を中軸とした蒙彊政権を設立させた。徳王は親日的であった。

赤峰の南郊外にあったカラチン府には日本人教師を派遣した。

日本の敗戦後、徳王らは国民党、共産党の侵略軍と戦ったが、矢尽き、刀折れ、無念の敗北。共産党の軍門に下った。

南モンゴルでは、それからが悲劇の始まりだった。

モンゴルの独立は共産主義者の暴力と陰謀のまえに消滅させられた。三反、五反、反右派闘争、大躍進、そして文化大革命とひき続いた血の弾圧で、地主が処刑され、あらかたの知識人が虐殺、ラマ僧も学生もあらかたが虐殺された。そして長い沈黙。

まさに内モンゴルの東部(旧満州国の一部)で革命後、何が起きたのかを日本人は殆ど知らないし、関心も薄い。

共産主義の「革命」とは拷問、獄刑、財産没収、奴隷化だった

こうしたモンゴル人の悲劇については楊梅英『墓標なき草原ーー内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(岩波書店)に詳しい。

そしてボヤント(宝音図)の新著『内モンゴルからみた中国現代史ーーホルチン左翼後旗の『民族自決」』(集広舎)は、さらに具体的に中国共産党が土地改革と詐称する暴力的土地収用と農業公社的な国家運営農業団体の人民支配の酷薄と無惨、その後の文革を徹底的な現場調査、文献と記録文書による照合、現地の生き残りへのインタビューを通じて克明に描きだした。

ボヤント氏がいうように「日本人に伝えたい戦後の内モンゴル東部地域」で何が行われたか。かつて満州国に属し、日本と協力し合った人々が、革命後、土地を奪われ、宗教を壊滅せしめられ、文化を押しつけられる一方で伝統的モンゴル文化は消滅するという「自治」の実態をえんえんと再現した。


▲内モンゴルの悲劇は日本にも責任の一端がある

ボヤント氏は言う。

「大戦前の状況は、中華民国の国民党、満州国や日本の関東軍、中国共産党および当地の王公などが、分割統治していた。だが、中国側の歴史や研究で公認されているのは『日本軍が敗北し、内モンゴルの東部地域から撤退した後、中国人民の八路軍は、中国共産党の指導に従い、内モンゴルを解放した」と』と書かれている。

これはまったく事実ではない。勝者のでっちあげである。

「(モンゴル人が)政治的な陰謀に巻き込まれて大量に虐殺され、伝統的な遊牧経済が跡形もなく消されてゆくプロセス」が内モンゴルの戦後だったのだ。

「モンゴル人が団結できないように分散させて統治したのは中国と日本」だったが、しかしモンゴル人を「大量虐殺を働いたのは中国のみであった」(56p)

「かつて日本に協力していたモンゴル人は迫害され、別の統治者に支配されて不幸な運命にあった。(中略)現在の日本では、モンゴル人がかつて遭遇し、今なお存在する悲惨な境遇を真剣に理解してくれる空間が非常に狭い」(389p)。

わたしたちはチベット、ウィグルの悲劇は知っていても、日本から一番近いモンゴルのことをあまりにも知らなすぎるのではないか。